「地球が踊ってるよー」
娘がそう言ったのは、小さな揺れが来たときだった。
地震のことを、そう表現したらしい。
しばらくして、娘が聞いてきた。
「なんで、地球は運動するの?」
日本は、地震大国だ。震度3くらいなら、毎日どこかで地面が揺れている。
なぜ地震が起きるのか。
プレートが、とか。
マグニチュードが、とか。
説明しようと思えば、できる。でも、その前に、私の中で何かが動いた。
忘れられない2つの震災の記憶
自分が覚えている初めての地震は、阪神淡路大震災だった。小学校3年生だったと思う。
阪神高速は根本から折れ、住宅街は瓦礫の山になっていた。「お母さんが見つからない」そう泣き叫びながら、瓦礫を片付ける男たちがテレビに映っていた。
当時の私には、これが現実だとは思えなかった。なぜ地震が起きるのか、なんて考える余裕はなかった。
貯金箱を割って、貯めていたお小遣いを、全部募金した。「全額じゃなくて、一部でいいんだよ」学校の先生に、そう言われたのを覚えている。
今、娘が同じことをしようとしたら、私もきっと同じことを言うと思う。自分に負担がない範囲でいい、と。あのときの先生の気持ちが、今ならわかる。
それでも、1円でも多い方が何かの役に立つかもしれない。当時はそう思っていた。
もう一つの記憶は、東日本大震災だった。2011年。私は20代後半で、大阪にいた。タワービルのエレベーターに乗っていて、警報が鳴った。仕事を終えて、テレビをつけたときには映画のような光景が広がっていた。
津波。原発。毎日、衝撃的な映像が流れ続けて周りにはうつ状態になる人まで現れた。
地震はなぜ天気のように予知できないのか|見える空と見
えない地下
こうして振り返ってみると「なぜ地震が起きるのか」という原理よりも、地震の悲惨さそのものの方が、ずっと強く、私の中に残っている。
熊本、能登半島。
あまり地震が来ないと言われていた場所でも大きな地震は起きた。南海トラフ地震という、史上最大級の地震も今後予想されている。
地震は、必ず来る。
そして、それを正確に予測することはできない。なぜ、天気のようにはいかないのだろう。
調べてみると、理由は単純だった。
天気予報が当たるようになったのは、人工衛星などで、空全体を広く正確に観測できるようになったからだ。空は「見える場所」だから予報できる。でも、地震が起きる場所は、地下深く。そこは「見えない場所」だ。
地下の状態を正確に知る技術は、今の科学でも、まだとても難しいとされている。見える空と、見えない地下。その差が、天気予報と地震予知の差になっている。
地震への備えができていなかったと気づいた話
娘の「なんで運動するの?」という、可愛い素朴な疑問。
そこから、私が気づいたのは。自分が意外と何も準備していない、ということだった。
もし地震が来たら、どうするのか。揺れたら机の下に隠れる。津波警報が鳴ったら高台を目指す。備蓄の食料や、懐中電灯はどこにあるか。
もし、パパとママが一緒にいないときに、保育園で被災したら。先生の言うことをよく聞くこと。
こんな当たり前のことを、私は娘に、一度も伝えていなかった。
阪神淡路のときも、東日本のときも。私はあの光景を、ずっと覚えている。でも、そのトラウマを未来を生きる力に変えられていなかった。
親としての至らなさを、娘の素朴な問いから、思い知らされた。
子どもに地震をどう伝える?原理より大切にしたいこと
「地球はなんで運動するの?」
プレートの話も、マグニチュードの話も。まだ5歳の娘には、きっと難しい。
だから、こう伝えることにした。
雨が降るように。
雪が降るように。
地震も、いつか来る。
でも、天気予報みたいに、いつ来るかを言い当てることはできない。
だから「地球が踊ってるな」って思ったら、パパが今から言うことを思い出してほしい。それだけでいいと思った。
福岡でも年に1〜2回、揺れを感じる日がある。電灯が揺れて、扉がガタガタ鳴って。娘は、ちょっとした心霊現象みたいに、凍りつく。もし、あれがもっと大きな揺れだったら。もし、火が出ていたら。今の私たちには、まだ何の準備もない。
だから今度、娘と一緒に家の中を歩いてみようと思う。
「ここが集合場所」
「これが懐中電灯」
「揺れたら、まずここに隠れる」
地震がいつ来るかは、誰にもわからない。
それでも、「その日」が来る前に伝えられることはある。
娘への答えは、まだ原理ではなく、そこから始めようと思う。
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