娘が3歳のとき。初めて花火大会に連れて行った。
そのときにスマホで撮影した動画を見せて
「覚えてる?」と見せたときに。
「パパ、なんで花火って夏にやるの?」
私は一瞬かたまった。
あー確かに。
花火大会って夏に集中しているよな。
でもなんで。
答えを楽しみに待つ娘。
回答できないパパ。
なんとなく「夏だから」としか答えられなかった。
娘はふ〜んといって会話は終わった。
しかし、そのあとも妙に私の中で引っかかった。
そもそも花火って、火薬。火薬は湿気に弱いはず。だったら、乾燥した秋とか冬にやった方が、 むしろ都合がいいんじゃないのか?
でも毎年夏にやってる。
この答えが知りたく、調べてみたら、思っていたことと全く逆の答えが出てきた。
花火大会が夏に多い理由|江戸時代の防火対策と湿度の関係
江戸時代、冬は空気が乾燥していて、火事の危険がとても高かった。
これは今でもそう。冬になると火事にきをつけるように天気予報でも繰り返し言われる。
ただ、今よりも木造家屋がぎっしり密集していた江戸の街では、 乾いた季節に火薬を使うことの方が、よほど危なかった。
一方で夏は湿度が高く、風も比較的穏やか。火の粉が燃え広がるリスクが冬より低い。つまり、湿気は花火にとって「不利な条件」ではなく、「街を守るための条件」だったというのがわかってきた。
自分の思い込みが完全にあっさり返されて納得できた。
ここまで来ると、なんでそもそも火薬を打ち上げるのか。江戸時代なんて今よりも打ち上げるのむずかしかっただろうに。
そもそも、なぜ「花火大会」というものが生まれたのか
日本で最初の花火大会は、1733年、隅田川で行われたとされている。
何が起きたのか?きっかけは?
この頃日本各地で飢饉と疫病が流行し、多くの人が亡くなったそうだ。それは、人工を大きく減らすほどの大きな衝撃だった。その死者たちを慰霊し、悪い病を追い払うために水神祭とともに花火が打ち上げられたそうだ。これが、今の隅田川花火大会の前身になってると伝わっている。
つまり花火は、元々「楽しいイベント」ではなかった。
むしろ、命を悼むための神聖なイベントだったのだ。
ここでふと思う。
花火はお盆時期に最も多いそうだ。そもそもお盆になぜ死者を弔うのか。この時期に死者が還ってくると私たちは信じてる。これはいつどこで始まったのか。
世界にも、似たような「死者を迎える日」がある
この風習。
調べてみると、日本だけの話ではなく驚いた。
メキシコには「死者の日」という祝祭がある。中国には「清明節」という、先祖の墓参りをする日がある。ヨーロッパのハロウィンも、元をたどればケルト民族の「サウィン祭」という、 死者の魂がこの世に戻ってくると信じられていた祭りだった。
文化も宗教も違うのに、なぜ人類はどこの土地でも「死者が帰ってくる日」を作ってきたのだろう。
これは、また別の記事でじっくり考えてみたいと思っています。
「たまや」「かぎや」の掛け声の由来
もう一つ、気になったことがある。
花火大会でよく聞く「たまや〜」「かぎや〜」という掛け声。あれは実在した花火師、玉屋市郎兵衛と鍵屋弥兵衛の屋号なんだそうだ。
江戸時代、この2つの花火屋が隅田川の川開きで 競演するように花火を打ち上げていたことから見物客が贔屓の店の名前を叫ぶようになったのが始まりらしい。今で言えば、ライブでアーティスト名を叫ぶのと近い感覚だったのかもしれない。
面白いのは、玉屋はのちに火事を起こして江戸を追放され、 一代限りで姿を消してしまったこと。それでも「たまや」の掛け声だけは200年以上経った今も生き残っている。
店は消えても、言葉だけが残る。これもまた、不思議な話だと思った。
花火はなぜ丸いんだろう?海外の花火との違い
もう一つ、日本の花火には海外にはあまりない特徴がある。
打ち上げ花火は、開いたときに球体になるように作られている。これは日本独自の技術で、海外の花火はどちらかというと円筒形で、垂れ下がるように開くものが多いらしい。
なぜ日本の花火師は、あえて「どこから見ても丸く見える」ことにこだわりを持ち続けてきたんだろうか。
これもまた、掘り下げてみたい入り口の一つだと思った。
結局、まだ何も終わっていない
花火大会に行くと、ただ「きれいだな」で終わってしまいがちだ。けれど、それが悪いわけではない。
でも「なんで夏なんだろう」と一つ疑問を持っただけで、
- 安全の話
- 慰霊の話
- 世界の死生観の話
- 花火師の話
- 形の話
にまで、次々と繋がってきた。
今度花火大会に行ったら、娘にこう聞いてみようと思う。
「花火って、なんで丸いと思う?」
きっとまた、こっちが答えられない質問が返ってくる気がする。
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