「動物にも、本当に感情はあるの?」
「わんちゃんにも、嬉しいはあるの?」
娘に聞かれた。
犬を飼っていたことがある。
怒ると、わかりやすいくらいにしょげる。出張から帰ってくると、数年ぶりに会うかのごとく、おしっこを漏らしながら喜んでくれる。
友人が飼っている猫は、気に入らないことがあると不機嫌そうにパンチをしてくる。
動物園では、ライオンやゴリラが、怖い顔で威嚇してくる。
きっと、彼らにも感情はありそうだ。ただ、人間と同じ言葉を発せないから伝わらない。だから、あると思っている。
娘にも、「もちろんあるよ」と答えた。
しかし、ここで私の探究心に火がついた。
本当に、あるのか。あるとしたら、どれくらいの感情を持っているのか。
そこが、知りたくなった。
犬は、本当に涙を流していた
まず、犬について調べてみた。すると、驚くべき研究が見つかった。
麻布大学の研究チームが、犬が飼い主と長時間離れたあと再会すると、涙の量が増えることを突き止めていた。しかも、ただ離れていた人と再会したときより、飼い主との再会のときの方が、涙の量が多かったという。
原因は、オキシトシンという物質。いわゆる「絆ホルモン」と呼ばれるもので、親子のスキンシップや、信頼している相手とのふれあいで分泌される。
犬は本当に、飼い主に会えて、感情が動いて、涙を流していたのだ。
これは、私が感じていたことと一致していた。
出張から帰ったときの、あの大げさな喜びよう。あれは、演技でも、条件反射でもなかった。
「カラスの葬式」の真相
次に、気になっていたのはカラスだった。彼らには仲間の死を悼む習性があると聞いたからだ。
カラスは、仲間が死ぬと、その周りに集まって鳴き声をあげる。これは「カラスの葬式」と呼ばれ、仲間の死を悼んでいるのではないか、と言われてきた。そしてワシントン大学の研究者が、これを検証した。
カラスの死骸を持った人が現れると、周りのカラスたちがざわめき、警戒するように鳴き始める。一見、まさに仲間想いの「お葬式」のように見える。しかし、その後の調査で、意外なことがわかった。カラスたちは、その死骸を持っていた人物のことを、何週間にもわたって覚えていて警戒し続けていたらしい。
これは追悼のためじゃなかった。「この場所には危険がある」ということを学習して、仲間に伝えるための行動だった可能性が高い。悲しんでいるように見えた行動が、実は、生き延びるための情報共有だったかもしれない。
これは、正直、少し拍子抜けした。でも同時に、面白いとも思った。
見た目が同じでも、その裏にある理由は、まったく違うこともある。
ゾウは明らかに何かが違う|ゾウの弔い行動
一方、ゾウについて調べると、また違う印象を受けた。
ゾウは、仲間が死ぬと死骸のそばを離れず、鼻で優しく触れたり体を揺すって起こそうとしたりする。土を掘り返して、死骸の上にかけるゾウもいる。枝を折って体に被せるゾウもいる。群れのリーダーが死んだときは、死後1週間にわたってゾウたちが代わる代わる訪れて同じように弔うような行動をとっていたという記録もある。
これは、カラスの「学習」だけでは、説明がつきにくい。
もちろん、これも人間の想像が入り込んでいる可能性はある。でも、少なくとも、単純な「危険の記憶」以上の何かが、そこにあるように見える。
動物の感情は証明できるのか
ここまで調べて、はっきりしたことがある。
犬には、感情の動きを示す、確かな身体的証拠があった。
カラスには、悲しみに見えて、実は違う理由があった。
ゾウには、人間に近い「弔い」のような行動があった。
でも、結局、どれも「行動の観察」でしかない。犬が涙を流しても、それが人間の「悲しい涙」と同じ体験なのかは、証明できない。ゾウが死骸に枝をかけても、それが「弔いたい」という気持ちからなのかは、証明できない。
実は、これは動物に限った話ではない。人間同士でも、同じ壁がある。
目の前の相手が「本当に」何を感じているか、私たちは、厳密には証明できない。表情や言葉から、「たぶんそうだろう」と推測しているだけだ。
それでも動物に感情はあると思う理由
娘に、また聞かれたら、こう答えると思う。
「本当のところは、まだ誰にもわからないんだ」
犬がどんな気持ちで涙を流しているのか。ゾウが何を思って仲間のそばに立っているのか。それは本人に聞くことができない。だから証明もできない。
でもね。
実は、それは人間同士でも同じなんだ。
パパは、ママが本当に何を感じているか、全部はわからない。友達が本当に悲しいのか、本当に嬉しいのかも、100%証明することはできない。私たちはいつも、言葉や表情やしぐさを見ながら「きっとこう思っているんだろうな」と想像している。
考えてみると、不思議だ。
人は人生のほとんどを証明できないものを信じながら生きている。この人は、私を大切に思ってくれている。この人は、悲しんでいる。この人は、喜んでいる。どれも、証明なんてできない。それでも私たちは、相手を信じることで関係を作っている。
だから私は、犬にも感情はあると思う。科学者としてではなく。一緒に暮らした、一人の家族として。あの喜び方を見て「あれは嬉しかったんだ」と思いたい。
そして娘には、こう伝えたい。
「感情があるかどうかを知る方法はね。もしかしたら、観察することじゃなくて、相手を理解しようとすることなのかもしれないよ」
すると娘は、きっと聞くだろう。
「じゃあ、パパはワンちゃんの気持ち、わかるの?」
・・・。
困ったものだ。
そもそも、ママの気持ちですら怪しいのに。
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